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2009-03-01

医系を目指す全ての人は!

医系を目指すすべての受験生へ!
「そのまま使える小論文キーワード 医療・看護系編 」

そのまま使える小論文キーワード2500にひき続きまして3月に医療・看護系編がでまつ。
今手に入れることのできる最良の辞典と自負しとりまつ。

      お客様オススメ度 ★★★★★
      著者/訳者名 学研辞典編集部/編  
           企画・執筆者の1人→鶴丸強
      発売予定日 2009年03月10日
      予定価格 1,365円(税込)


本の内容
 50音順に小論文試験頻出の重要語と、その論点をまとめた着想ネタ辞典でつ。
 待望の医療・看護系編。本文中に試験でそのまま引用できるフレーズを明記しとりまつ。
 書き方マニュアルがついて、多様な試験形式に対応できる。巻末には英文試験対応のミニ英和辞典付きなのがありがたいでつ。
 医受験は最終的には面接で合否がきまるということで今回の目玉企画では
面接対応マニュアル(個別・グループ討論)について気合をいれて仕上げました。
聖マリ受験の諸君には目から鱗ですわ。(自画自賛)
 医受験を目指すすべてのひとにお勧めしまつ!
http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/R0403673

小論文入試が必要な全ての受験生にはこちら

http://www.7andy.jp/books/detail/-/accd/31918697


こちらの辞典はおかげさまで、「他に類をみない良書」と極めて高い評価をいただいておりまつ。

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2008-03-28

小論文キーワード☆新自由主義その2

[知識] 新自由主義に至るまでの歴史.

1.自由主義・「小さな政府」国家からの自由@
イギリスでは1689年の名誉革命後,
フランスでは1789年のフランス革命後,
アメリカでは1776年の独立宣言後,
特定の身分から個人を解放し,身分の特権ではなく,国家に対して個人の人権を保障し,個人の自由の領域を拡大していこうとする自由主義の動きが盛んになった.

19世紀になると,国家の活動は,
個人の自由を守るという目的のみに限定されるべきだとの考え方が明確に自覚されてきた.つまり,国家は市民生活にできる限り介入せず,
政治的・思想的干渉を行わず,経済的には自由放任主義(レッセ・フェール)@に任せ,社会の最小限の秩序の維持と治安の確保という警察的任務のみを行うべきだと考えられるようになる.

このような国家観を,自由国家,消極国家,夜警国家,小さな政府などと呼ぶ.

19世紀は,自由主義の下で資本主義経済が大きく発展していく.


2.福祉国家・「大きな政府」→国家による自由@

自由競争により資本主義経済が発展していくと,豊かな人間は資本家としてさらに豊かになる一方で,貧しい人間は劣悪な労働条件の下,労働者として搾取(さくしゅ)され,貧富の格差が拡大していった.このような資本主義の高度化に伴う矛盾から社会的弱者を救済するため,
国家が手を差しのべて

最低限度の生活を保障する必要性が出てきた.

それを社会国家・積極国家・福祉国家と呼ぶ.

1919年のドイツワイマール憲法はその先駆けとなる憲法である.
資本主義の経済破綻(はたん)と帝政ロシアに対する不満から1917年にロシア革命@が起きると、西側諸国は社会主義革命の広がりを食い止めるため,資本主義体制の枠内で社会権の保障を組み込んだ体制への変更を余技なくされた.
そして第一次世界大戦に敗れたドイツに,社会権規定を含む先進的憲法を制定させた.

この福祉国家の理念は,その後各国で公的扶助@や社会保険@などの社会保障政策として実現され,経済政策においては,それまでの自由放任主義を否定した
ケインズ@による修正資本主義が登場した.

政府が金融・財政政策や公共投資などで経済に介入することで,恐慌・失業などの弊害を最小限に抑えようという思想である.このケインズの理論は1929年にアメリカウォール街の株価暴落に端を発した世界恐慌において,

アメリカのフランクリン=ローズベルト大統領ニューディール政策@で実践され,景気回復が図られた.

一方イギリスでは,1942年ゆりかごから墓場までというスローガンの下で
社会保障@制度が充実・発展していく.(社会的公正を実現するために,国家による富の再分配を肯定する思想は,古典的自由主義と区別する意味で,リベラリズムと呼ばれる).

[着想] 新自由主義の掲げる「すべての企業,個人に公平な機会を与える」という理念により,自由競争で活性化すべき側面はある.だがその一方で,本来は自由競争になじまない個人の最低限の生活保障の確保という側面があることも忘れてはならない.

国家からの自由と国家による自由との

調整の問題
は今日の重要なテーマであり,現実的かつ具体的に論じたい.

[出題]  2005年・新潟大学・法学部「社会におけるフェアな競争」
2008-03-27

小論文キーワード☆新自由主義

☆新自由主義(neo liberalism)

[意味] 政府の積極的な民間介入に反対し,個人の自由と責任に基づく競争と市場原理を重視する経済思想.新保守主義と同義.

[解説] 新自由主義とは,政府の経済への介入を抑制し,規制緩和を推進し,
従来政府が担っていた機能を民間に委ね,小さな政府を実現していこうという考え方である.
経済面において政府による市場介入を認め,所得再分配により,平等と福祉の権利を尊重するというそれまでの福祉国家的リベラリズムの行き詰まりから,
1980年代にイギリス,アメリカ
で台頭した.

1971年のドルショック@を契機(けいき・きっかけ)とする変動為替相場制@への移行や,2度にわたるオイルショック@(1973年・1979年)により,

イギリスでは英国病といわれる慢性的不況に陥り財政赤字が拡大し,
アメリカではベトナム戦争後の経済政策の失敗により,スタグフレーション@が進行し,失業率が増大していく.

このような状況の中,両国では国家による市場経済への介入と政府部門の肥大化が不況の原因だと考えられるようになり,それまでの福祉国家の理念が修正を迫られることになる.
こうして新自由主義は登場する.

イギリスではサッチャー政権による「サッチャリズム」,

アメリカではレーガン政権による「レーガノミクス」の下,

減税による生産力の増強,小さな政府の実現,規制緩和が進められ,経済の活性化が図られた.

また,中南米諸国でも累積債務問題に対処するため,

IMF(国際通貨基金)・世界銀行主導の構造調整計画を推進するうえで,
市場原理に基づく新自由主義への転換が進められ,経済の回復と安定に一定の効果を示した.だが、市場原理は弱肉強食の世界であり,経済的自由競争は弱者と強者との二極分化を進めていく.

アメリカでは90年代になると,空前の好景気を迎えたものの,国民の大部分の所得はむしろ減少した.国民のわずか1%に過ぎない人たちが富の約半分を持つ社会となった.

自由競争と市場原理を追求した結果,アメリカでは富の偏在をもたらし,多くの国民の自由を奪うこととなった.
中南米諸国でも,所得格差の拡大や貧困・失業率の高止まりなどにより失望感を高め,反新自由主義の潮流を生むこととなり,90年代後半には,市場原理を重視しつつも,教育・保険・貧困対策などを推進するため,国家の役割を見直す考えが広がっていった.

 日本の新自由主義

日本では80年代に中曽根政権下において行政改革が進められ,
国鉄はJRに,電電公社はNTTに,専売公社はJTに,それぞれ民営化された.
これが日本での新自由主義の現れであった.
だが,日本で真剣に検討され始めたのは,90年代になってからのことである.
バブルが崩壊し(1991年),平成不況によりデフレ・スパイラル@が進行し,

旧大蔵省が「財政危機」を宣言する(95年)頃になると,大量の赤字国債発行@の問題や,少子高齢化@の問題が,国民の目にも明らかになってきた.
こうして,80年代に新自由主義を採用したイギリスやアメリカに遅れて突入した深刻な経済不況を打破するため,日本でも小泉政権下で,

膨大な支出を伴う政府主導の「大きな政府」から「小さな政府」への転換が図られ,

郵政民営化@をはじめとするさまざまな構造改革@が進められていく.
この「小さな政府」の基盤となっているのが新自由主義思想である.

だが,新自由主義により産業・金融・雇用など幅広い分野で規制緩和が行われ,
市場原理を推し進めた結果,
今日の日本では「勝ち組」と「負け組」の所得格差拡大が社会問題化している.

また生産効率を追求するあまり,低賃金で解雇しやすい派遣社員やフリーターが増加し,もはや国民の間の中流意識は崩れ,競争に敗れた「負け組」による
下流社会の拡大を生み出している.

従来の福祉国家の下では,社会的弱者を守るセーフティネット(安全網)としての
社会保障制度@が整っていたため,一定の生活レベルが保障されていた.

だが,深刻な財政赤字解消のため,今日では国の社会保障制度そのものが危うくなっている.このまま闇雲に経済的自由競争を進めていけば,格差が新たな格差を生み,国家に対する国民の「信頼」は失われかねない.それはモラルの低下にもつながっていく.

国民ひとりひとりの「安全」と「安心」をいかに確

保するのかが,今後の重要な政策課題となる.


[知識]は次回に続く
2008-03-24

小論文キーワード☆人権その3

人権完結編でつ

前回までの24じゃなかった人権の流れは・・・・

① 貴族の特権から個人の人権へ→ジョン・ロックの社会契約説@

② 自由権から社会権へ→ワイマール憲法@

③ 法律による保障から憲法による保障へ→ナチズム@・ファシズム@でした

       そして今回が最終章!

④国内的保障から国際的保障へ→世界人権宣言・国際人権規約

第二次世界大戦後,人権思想の進展にともない,人権を国内的に保障するだけでなく,国際的にも保障しようとする傾向が広まっていった.
1948年には世界人権宣言が出され(法的拘束力なし),

1966年には国際人権規約(締約国は実施義務あり)が採択された。
国際人権規約は,A規約(経済的,社会的および文化的権利に関する規約)とB規約(市民的および政治的権利に関する規約)そして,B規約に関する選択議定書(被害者個人の救済申し立てを認める)に分かれる.日本は1979年に,A・B両規約を批准(ひじゅん)したが,国内的事情のため,B規約に関する選択議定書には,司法権の独立等を理由に未批准.また,A規約の一部(祝祭日の給与支払い,公務員のスト権,高等教育の無償化)について留保した.
その他の主な人権条約を概観する.

・人種差別撤廃条約(1965年国連総会で採択,日本は1996年に批准)ただし,差別思想の流布や差別の扇動なども法的処罰の対象とするという条項については留保した.

・女性差別撤廃条約(1979年国連総会で採択,日本は1985年に批准)日本では批准にともない国内法を改正した.
・国籍法改正(父系血統優先主義から父母両系血統主義へ)・男女雇用機会均等法@の制定
・高校家庭科学習の男女共修化・男女共同参画社会基本法の制定→ジェンダー@

・子どもの権利条約@(1989年国連総会で採択,日本は1994年に批准)18歳未満の子どもに対する差別禁止,意見表明権,思想・表現・良心の自由等を規定.子どもを権利の主体としてとらえる.→少年法@

・死刑廃止条約(1989年国連総会で採択,日本は反対)死刑廃止を明文化した初めての国連条約.批准国には死刑廃止が義務付けられる.日本,アメリカ,中国,イスラム諸国は反対している.→死刑制度@

これら4つの歴史的流れをふまえ,日本国憲法における人権を考えると,その根本的価値観は

13条@の個人の尊重の原理「すべて国民は,個人として尊重される」である.
全ての憲法の条項は,この個人の尊重という価値観に基づいて検討していく.

つまり,個人の尊重を実現するために

憲法@では人権の規定を置き

その人権を守るために

統治機構(国会・内閣・裁判所)の規定がある.

国民主権@・民主主義@・平等主義・福祉主義といった考え方も,この個人の尊重から導きだしていく.
    
[着想]  人権問題を考える際には,

どのような救済手段が

その個人の権利保障の見地から考えると最適なのかを

具体的
に判断していく.

例えば子どもの権利を考える時,

一般的に子どもは成人と異なり,未成熟で自立できない.そのため子どもの成長には,親や国家等が保護・育成する責務を負うべきという保護主義の考えが伝統的に重視されてきた.

事実,子どもを取り巻く家庭環境が劣悪な場合には保護主義に基づく教育が要請される→.「少年法@」

だが,この方針を過度に重視しすぎると,子どもの自己決定権@を妨げる危険がある.
従って,子どもにも出来る限り成人並みの個人的自由を保障すべきであるという解放主義の考え方も必要になる.

こうして子どもの人権を保護主義で救済するのか,子どもの自己決定権@の尊重かという正反対の方針が出てくる.

いずれの立場にせよ,子どもがどのような環境の下で成長していくことが望ましいのかについては,両者に違いは見られない.つまり,両者共,子どもは「家庭環境の下で幸福,愛情及び理解のある雰囲気の中で成長すべき」であり,「社会の基礎的な集団」としての家族が,子どもの「成長及び福祉のための自然な環境として,社会においてその責任を十分に引き受けることができる」ことを理想としている(子どもの権利条約@前文).このような環境が破壊されて,子どもの権利が脅かされたとき,

子どもの能力や社会環境を考慮して,

それを保護主義で救済していくのか,解放主義で救済していくのかを個別具体的に論じたい.

[注意]  人権の問題を論ずる際には,誰の,どのような人権が,誰によって制約され,その制約は許されるのか,ではどうすべきか,という思考で問題を検討していく.
     国際的な人権の問題(北朝鮮による日本人拉致事件等)を論ずる際には,主権国家の存在がポイントになる.つまり,その国が近代憲法の基本原理を受け入れているか否かということが重要であり,それが思考の出発点になる.

[関連]  国際化・自由・法・憲法問題・少年法・死刑制度・ジェンダー・社会保障

[出題] 「少年法の厳罰化の是非」「自己決定と自由」「死刑制度の是非」


2008-03-23

小論文キーワード☆人権その2

人権

[知識]日本国憲法が保障する基本的人権は人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果である(97条).そこで,基本的人権とは何かを明らかにするためには,人権宣言の歴史的流れを押さえる.

① 貴族の特権から個人の人権へ→ジョン・ロックの社会契約説@

人権思想はイギリスで最初に登場した.1215年のマグナ・カルタ@である.これは国王に対して,貴族が身分の特権の保障のためにつくった憲法である.

さらに1628年の権利請願,1689年の権利章典などが歴史上重要な位置を占める.だが,これらは個人の人権というよりは,封建的な身分の特権を保護するものであり,

近代的な個人の人権へと成長するには,ジョン・ロックの自然権思想,社会契約説の登場が必要だった.

 ジョン・ロックは1689年に「自然権,契約による政府,抵抗権の保障」をワンセットにした
立憲主義@の考え方を示した.

 一切の政治権力が存在しない自然状態では全ての人間が平等である,と考えたロックは,人間が生まれながらにして持っている生命・自由・財産に対する権利を「自然権」と呼んだ

(この考えが,1776年のアメリカ独立宣言@に引き継がれ,生命・自由・幸福追求の権利として保障され,日本国憲法13条@にも引き継がれている).

だが,統治者のいない自然状態では紛争が起きてしまい自然権を守るのが難しい.そこでこの自然権をより確実なものとするために,市民が相互に社会契約を結び政府に権力の行使を委任した.ところが,契約によって成立した政府が,必ずしも国民の生命・自由・財産を守ってくれるとは限らないため,権力を恣意的(しいてき・自分勝手)に行使して国民の権利を不当に制限する場合には,国民は政府に抵抗する権利,つまり抵抗権を使って新しい政府を樹立できるとしたのである.
 こうして,18世紀末の市民革命(1776年のアメリカ独立宣言や1789年のフランス人権宣言)により,個人の人権という考えが生まれた.          

② 自由権から社会権へ→ワイマール憲法@

人権の中身をみると19世紀は自由権が中心だった.これは当時の人権宣言が絶対王政からの解放を目的としていたことによる.国家からの自由を保障し,消極国家という国家観に基づき,国家はできるだけ介入しないほうが人権保障になると考えられていた.

しかし,20世紀になると,資本主義経済の矛盾が露呈し,社会的・経済的弱者の救済を救うために,国家が積極的に介入していくほうが望ましいと考えられるようになった.そのため自由権だけでなく社会権まで保障されるようになった.
その契機(けいき・きっかけ)となったのが1919年のドイツのワイマール憲法で,世界で初めて「社会権」を保障した.

「人間たるに値する生活」(151条)「所有権は義務をともなう.その行使は同時に公共の福祉に役立つべきである」(153条)という規定である.

③ 法律による保障から憲法による保障へ→ナチズム@・ファシズム@

19世紀になると,ヨーロッパの国々では法律による権利の保障という考え方が有力になる.議会がつくった法律によって行政権から国民の人権を守るという考え方である(形式的法治主義)
民主主義が発達してくると議会に対する強い期待が生まれてきたのだ.
また表現の自由を中心とする精神的自由が保障されるようになっていたことも大きい.しかし,議会(立法権)に対して裁判所が歯止めをかけるという発想(違憲立法審査権)がなかったため,ナチズムやファシズムを生み出し,そのことに対する強い反省から戦後のヨーロッパでは,形式的法治主義ではなく,立法権からも人権を保障しなければならないと考えるようになった.つまり憲法による人権保障が謳(うた)われるようになったのである.

一方アメリカにおいては,そもそも独立の当初から議会への不信が根強かったため,法律からの人権保障,つまり憲法による人権保障の考え方が定着していた.
かつて,イギリスの植民地時代だったアメリカは,イギリス議会の植民地政策に対する反発から独立したという経緯からもわかるように,イギリス議会に対する不信というのが根本にある.
アメリカでは,議会に対していかに歯止めをかけるかという考えが当初からあった.
議会とホワイトハウス(行政府)を対等の位置づけにして(例えばアメリカの大統領には議会がつくった法律を拒否できる強い権限=拒否権がある)たとえ議会がつくった法律でも憲法に違反する場合には効力を否定する違憲立法審査制を判例上認めて確立した(明文上の規定はない).
このように,アメリカでは憲法により立法権からも人権を保障しようという考え方が早くから確立していたのである.
プロフィール

鶴丸強

Author:鶴丸強
青山学院大学国際政経学部卒業。猪木正道教授に師事。大学卒業後ソニー株式会社に入社、人事部にて、給与・労務・勤務管理・採用面接等、全般に携わる。

その後独立し、大学受験を目指す高校生・高卒生を対象に、現代文・小論文・社会人基礎力を教える予備校講師、及び、大学生、大学院生を対象とした就活指導にあたる。

AO入試合格後の高校生対象に、12回の講義で毎年2月開催の簿記3級を取得させる講座および、ディズニーやマクドナルド等高校生にもおなじみの企業の財務諸表の読み方を教える「社会人基礎力講座」が大好評!

現場経験に基づいたわかりやすく面白い楽習指導により、13年間で約1600名の高校生・高卒生・社会人のエントリーシート添削と面接指導にあたる。テーラーメイドの志望理由書作成と面接指導により、毎年高い合格実績を出し続ける。社会人基礎力養成講師。簿記講師。

「読み書き簿記を義務教育期間で完全マスター」をスローガンとして、震災後の日本再生を教育面から行い、知的武装集団を輩出し続けてゆく。

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